第15回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第15回 「早春みたいなコンサート」(2011.2.15)

また雪が降りました。
春はこうして行ったり来たりしているのですね。

さて、先日「届かなかったラヴレター」コンサートをしました。
今年で3回目。
今回は、井上芳雄さんと徳光和夫さんと3人で。
どなたもメチャクチャ忙しい。
リハーサル時間がなかなかとれない。
結局、きちんと通しリハーサルができたのが当日。
つまり、普通の当日リハが、そのまま最初の通しリハになってしまったということです。

これは、なかなかにスリリングです。
BGMと書かれた音楽さえ、どんなものになってるのかわからない。
案の定、私の朗読のところで、アクシデント。
淡々と読むつもりの場所で、ジャズ風アレンジが出てきたのです。
即興ぽい楽器の音に、私は耳ダンボ。
声のトーンが、ついそっちにいってしまう。
これ、無理だよ。
せっかく書いてもらったアレンジですが、ピアノ一本にしてもらいました。

まあ、こんなふうに、私だけでなく、井上さん も徳光さんも、それぞれがドキドキと本番に臨んだのですが、終わってみれば大成功。

舞台に上がる人間は「誉めコトバ」に弱い。
打ち上げでも、当然ココロも口も軽くなって。
えええええ、またやりましょう、てなことに。
もう二度とこんなシンドイ ことイヤだなんて、思ってたのに。
ゲンキンなものです。

このノウテンキ具合が、もしかしたらとても大切なのかもしれません。
とは我田引水に過ぎますか。
ともあれ、私たち出演者だけでなく、それぞれのスタッフの方々が
「プロ」であったことが、幸いでした。
「プロ」はきちんと「プロ」の仕事をする。

歌舞伎を思い出しました。
歌舞伎の世界では、新しい演目の稽古などは、とりたてて必要ないそうです。
その道の「プロ」たちは、きちんとその仕事をするだけ。

と、うまくいったからこんなこと書いてるわけですが、時として沢山時間をかけても、なんら良いものにならない虚しさを知る者としてはちょっと、自慢してみたくなったんです、今回。

さあ、陽射しも明るくなってきました。
次は花粉だ、なんて思わず、とりあえずは春の歓びを。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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