第11回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第11回 「はじめての紅白」(2010.12.1)

皆さまの応援のおかげで、「紅白歌合戦」に出場することになりました。
ありがたいことです。
私の子供の頃は、ほとんど全国民が見ているといってもいいほどの番組。
「国民行事」ともいえました。
私にとって初めてのアイドル坂本九ちゃんや、その奔放さに目を奪われた越路吹雪さん。
ブラウン管の白黒画面に食い入るように見入ったことが懐かしく思い出されます。
右肩上がり経済の日本でした。
去年より今年、今年より来年。
すべてはより良く変わっていく、そんなことを誰も疑いませんでした。

街にはおじいちゃんから小学生まで「知っている」歌が流れ、誰も彼もそのフレーズを口ずさみ、それが「流行歌」というものでした。
今でも思いだします。

母の実家は酒屋だったのですが、家業を継いだ叔父の配達に、いつもくっついていった私は、叔父が店や家庭に酒を届けて回るその間、一人車に残っていました。
「あいしたひとーは あーなたーだけー わかーって いーるのにー」
甘い声がカーラジオから流れます。
どちらかといえば「禁断」の匂いがします。
小学生の私はうっとりしました。
いい歌だなあ。いい声だなあ。オトナっていいなあ。オトナになるっていいなあ。

オトナになった私は、色々な偶然という名の必然に導かれ、歌い手になりました。
シャンソン歌手といわれるより、流行歌手とよばれたい。
そんな思いがずっとあるのも、あの頃の歌たちのおかげです。
活気のある時代と、その街に流れる歌たち。
これからもそんな歌への憧れを胸に、唄っていこうと思います。
誰もが口ずさみたくなる歌を探していこうと思います。
これからも見守っていただければ幸せです。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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