第10回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第10回「劇場へのあこがれ」(2010.11.15)

昔、歌い手になりたての頃、あなたの目指すものは何ですかと聞かれ、こう答えていました。
「ステージシンガーです」 ステージシンガー。わかったようなわからんような。
まあ、意味合いとしては「劇場」で唄う歌手、というほどの。
当時私の頭の中には「越路吹雪」という大歌手がありました。
彼女の日生劇場でのリサイタルは「切符の取れない 」ものとして有名で、華麗な舞台とオートクチュールのドレスは、それこそ夢の世界。
そうだ、これこそ歌手の極み、と若い私は思ったのです。

そして時は流れました。
昨日、私が唄ったのは大型スーパーストアの屋外ステージ。
まさか外だとは思わず、用意していた肩出しピンク色ドレスで登場の私に、お客さまが「寒そうでかわいそう」。
なかなか思うようにはいかないもので す。

去年から、このような街頭キャンペーンを始めました。
昨日のようなスーパーストアや駅ビルのイベント広場、そして昭和から残る「レコード屋」さん。
「なんで、ここにクミコが」と半分困惑されたレコード屋さんにも、今年は暖かく迎えられ、演歌歌手の並びに置かれたポスターにも、なんだか嬉しくなって。

もちろん「劇場」、つまりホールでのコンサートもしています。
完成された照明、音響、伴奏者たちの中で唄う歓びはたくさんあります。
これが「ステージシンガー」なのだ、夢は叶ったと思ってもいいのですが、この頃は、それさえどうでもいいように思えてきました。

カラオケ一つで、街角で、それこそミカン箱みたいなお立ち台で唄うのも、これはこれで「ステージシンガー」かもしれないと。
「劇場」は場所ではなく、人の心の中にある、そんな気がするのです。
どんな場所でも、人に届く歌を唄えるかどうか、人の心の中に「劇場」を作れるかどうか、それが歌い手の真価でしょう。

とはいえ実は私、「リサイタル」という名のコンサートを一度もしていないのです。
それは、いつか「越路吹雪」の立った日生劇場で唄いたい、その時のためにと。
「劇場」への思いは消えそうもありません。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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