第9回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第9回「少女の人形」 (2010.11.1)

夜道を急いでいると、何かが落ちています。どうやら人形のようです。
ばったりとうつぶせの状態です。
拾い上げると、思いのほかずっしり。バービー人形でした。
車に轢かれても、汚れてもいないところをみると、つい今しがた落とされたらしい。
落とし主の少女を想像し、今度は人形の気持ちにもなって願います。
「早くあたしを見つけてね」。
そばのマンションの壁に立たせました。ここで待てばいい。
二、三歩進み、後ろを振り返ると、チョコンと人形が立っています。
もう一回願います。「早くあたしを見つけてね」。

十年ほど前、それまで埼玉県にあった実家を、私の住む街近くに移しました。
何十年も積もりに積もった荷物を次々に、それこそバッタバッタと処分します。
それぞれに気持ちを沿わせていては、引越しはできません。
情け容赦は無用、これが、度重なる引越し人生を歩いてきた私の結論です。

そんな膨大な片付けものの中に、人形を見つけました。
寝かせると目を閉じ、抱き上げると目を開く、いわゆる「ミルク飲み人形」です。
ずいぶんと年季の入った古いもので、もうすっかり忘れていました。
ところどころヒビ割れたその人形をゴミ袋に捨てようとする時、声がしました。
「ああ、かわいそうに」 父親でした。

思えばこの人形、ちっちゃい頃に、父親が買ってきたものです。
誕生日だったかのプレゼントでしょう。
高度経済成長時代のこと、今でいう「単身赴任」の父親とはなかなか会うことができませんでした。
寂しいのは、どちらも同じ。
やっと帰れる家路を、一人娘のためのプレゼントを胸に抱え急ぐ、若き日の父親の姿が浮かびます。

「ああ、かわいそうに、捨てちゃうんだなあ」 だから、父親のつぶやきは、とにかく前に前にと進めねばならないと苛立つ私の胸にポトリと落ちました。
時を急くものと、時を止めるもの。
人間の一生など、大きな時間の中では、意味のないほど短い。
でもそれぞれが、それぞれのはかなく愛しい人生を歩き続かねばならない。
涙が出そうになりました。

翌日、壁に立てかけたバービー人形はありませんでした。
きっと少女の暖かい腕に戻ったのでしょう。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

連載