第4回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第4回 広島の鶴たち (2010.8.15)

8月6日、広島に行ってきました。平和記念公園にある「原爆の子の像」に
折り鶴を捧げるためです。

折り鶴を皆さまから集めるというプロジェクトを、実は今年の春から始めていました。
新曲が「INORI〜祈り〜」という、この像のモデル佐々木禎子ちゃんを主人公に
したものだったからですが、果たしてどれくらい集まるものか検討もつきませんでした。
ところが、日を追うごとに鶴は増え続け、中には「神業」といってもいいような芸術的
千羽鶴も送られ、ただもうワアと手放しで感動するほかありません。
どれだけの辛抱、どれだけの想いで鶴が折られ、またその上に送料を負担し送ってくださったのか、
そう思うと、振り返って、私はできることをすべてやってきたのかという問いかけになります。

折り鶴は、繋いであるものもあれば、コンサート会場などで折っていただいたバラバラ状態の
ものも沢山あります。それらを一つ一つ、糸と針とボタン(最初と最後に止めるためのもの)で、
繋ぐ作業は、夏のさなか、なかなか大変なものでした。
大小さまざまな鶴たちは、繋いでも繋いでも一向に減らず、もしかして見えないところで
増えてるんじゃないかと疑うほど。ダジャレを言い合ったり、ヘンテコな歌を唄ったり、気を紛らせ
ながらの作業は続きます。
そして、そろそろ「腰」をやられてきたという嘆きの頃、やっと出口が見えるのです。

「折り鶴集め隊」は「折り鶴繋ぎ隊」、「折り鶴束ね隊」、「折り鶴梱包隊」、そして広島で
「折り鶴運び隊」に変わります。
くっきりとした強い太陽の下、巨大ダンボールから取り出された鶴たちは5万2千羽。広島に
届いていた鶴たちと合わせ、なんと6万5千羽を、両手両肩に担ぎ掲げ、みんなで歩きます。
何だかうれしくて笑っちゃいます。ずいぶん昔見た青春映画の一コマのようでもあって可笑しく
なっちゃいます。

すべてを指定された場所に納め、汗を拭き、空を見ると、おそらく65年前もこうなるはずだった
午後の暑い陽が輝いています。あまりに美しい夏に、失われた人たちの無念が濃い影のように
浮かびます。
「祈り」という言葉を「INORI」という国際語にしたいなあ、ふと思いました。

私どもにお送りいただいた鶴は、こうして無事広島の空に飛び立ちました。これから長崎の
空にも、と思いは膨らみますが、ご協力いただいたすべての皆さまに、この場をお借りして
心からの感謝を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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