第27回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第27回 「やればできた「夏」でした」(2011.9.1)

9月に入ると、もう夏も終わり。
暑さに変わりはないのに、やはり秋という感じがします。

この夏は、日本国中が背中に荷物を背負わされたような夏でした。
「節電」。この言葉がいつも私たちのそばにありました。
扇風機売り場には人がごった返し、クールグッズはそこかしこに置かれ、自動販売機も申し訳なさそうに「ただいま節電中」のシールを貼られ。
そんなこんなが功を奏したのか、停電にもならず、どうにか秋になりました。

とはいえ、なにも解決されたわけではなく、これからのことを 思えば、まだまだ序の口なのかもしれないと不安は広がります。
けれど「やればできる」という、確信のような自信を、みんなが持てたことも事実です。
私自身も、 こんなにエアコンを使わずに寝た夏もはじめて。
扇風機を回し(それも音の小さいものを奮発して買いました)、枕にはクールジェルをはさみ、シーツも麻で。
やってみると、どれもがなかなか良くて、いつもの夏より快適な夜になりました。

そして私たち女性にとっては、電車やバス、デパートやスーパーなど、これまで、何もこんなに冷やさんでもと怒りさえ覚えた室温が、かなり緩和されました。
どんなにか寒かろうと、どこへ行くにも上着を持っていったこれまでに比べれば本当にうれしい。

男性のクールビズが浸透したことも、この夏の特徴でした。
ポロシャツに短パンが、白い目で見られなくなったのもなるほどこの時世。
ワイシャツにネクタイなんていうのは、もはや拷問で、かわいそうになどと哀れみさえおぼえてしまいます。

そんなこんなで、乗り越えた夏です。
今度は台風が接近。
この日本列島は、自然の脅威にさらされ続ける国土だったと、あらためて思います。
でも、どんなことがあっても、耐え忍ぶ。
先人が体験し乗り越えてきた道に、思いを馳せ、つぶやきましょう。
「やればできる」。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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