第22回 いつも自然体"クミコ"からの応援レター「ココロの窓を開けたなら」

新連載いつも自然体

第22回 「オレンジ色のチカラ」(2011.6.15)

大震災から3ヶ月。
石巻に行きました。

石巻赤十字病院の松本先生が、今の石巻から復興の歌声を届けたいと企画され、それに「みやぎ生協」の方々が協力して実現されたコンサート。
宮城県に縁のある歌姫4人の出演、生協の店舗の中で開かれました。
私以外の方々は、実際住んでおられるとか、実家があるとかで、辛い思いをされています。
私は、たまたま石巻にコンサートに来ていて被災したというご縁。

店内には一杯のお客さまが来られ、それぞれの歌に泣き、笑い、手を叩きと、その熱さに圧倒されます。
そうか、こんなふうに音楽は必要なのだと気づきます。
一時は、歌なんておにぎり一個の価値もない、と落ち込んでいた私ですが、歌には歌の価値があるのでした。

この石巻行きで、新たにドレスを作りました。
オレンジ色のロングドレス。
石巻のコンサート会場、市民会館の地下楽屋に残されたものと同じドレス。
これは私にとって幸せのドレスでした。
去年、「INORI〜祈り〜」をニューヨークで唄った時、このドレスに助けられました。
原爆を落とした国で、原爆で死んだ少女の歌を唄う、そんなナイーブな状況で、光に輝くオレンジは、私にチカラを与えてくれました。

ですから、震災復興を誓う日に、どうしてもこのドレスを着たかったのです。
あの夜、凍える寒さの中で見た大きな焚き火と、月と星。
全部がオレンジ色。
聞けば、レスキュー隊の色もオレンジとか。
オレンジは命の色なんでしょう。

地下楽屋に残されたドレスにも再会しました。
泥水を排出し、会館の方が取り出してくださったのです。
無地のドレスであったとは信じがたい、赤と白、そしてオレンジのドレスたち。
それぞれに、複雑な模様がついています。
キーボードが板チョコのようになってしまったパソコンなど、酷い状態の荷物の中、ドレスたちがハンガーにかかっています。
でも、オレンジ色は、やはりオレンジ色でした。

このドレスだけ、そのまま保管することにしました。
当日、会館の壁に貼られていたポスター(震災後スタッフの方がはがしてくれたのです)
と共に、これからの私の人生のチカラになってくれるはずです 。
そして、そのチカラで、私もまた被災地のチカラになりたい、そう思うのです。

クミコさんPROFILE

1954年9月26日 茨城県水戸市生まれ。早稲田大学卒後、’78年、「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。’82年 シャンソンの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロとしての活動をスタートする。’99年 作詞家・松本隆氏に見いだされる。‘02年 アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が、“聴くものすべてが涙する歌”として大きな反響を呼び、シャンソンでは異例の大ヒットとなり一躍脚光を浴びる。’07年 デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバムをリリース。翌年、アルバム「友よ!」を発表し、話題に。‘09年、三木たかし氏の遺作である「届かなかったラヴレター」をリリース。そして、今年2月9、10日には、井上芳雄さん徳光和夫さん上柳昌彦さんと共に、シリーズ35万部突破の実話集「届かなかったラヴレター」を朗読と名曲で綴るハートフルコンサートを実施。また、「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバムをリリース。2月24日にはNEWシングル「INORI 〜祈り〜」をリリースし、USEN総合リクエストチャート1位になるなど快進中。

*その他クミコさんの詳しい情報は 「クミコ オフィシャルサイト」まで http://www.puerta-ds.com/kumiko/index.html

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